キアシセグロカモメLarus cachinnans , CaspianGull
春爛漫の4月初めの日曜日、桜や春の花でも撮ろうと、鴨川を歩いていたところ、七条大橋から一本北の正面橋の街灯の上にきれいな夏羽のセグロカモメが座り込んでいました。
京都市内では夏羽のものを見る機会が少ないので双眼鏡で眺めていたら、そのうち立ち上がりました。そうしたら脚の色がややピンクがかった黄色ではありませんか。
カモメ類は結構好きなので、脚の黄色いセグロカモメ類の存在は知っており、大型カモメを見ると、脚の色を確認することにしていますが、これだけはっきり色が違うのは初めて見ました。何とか写真を撮って、いろんな資料にあたってみましたが、このグループは、分類上難しい問題があるようなので自分で調べるのはギブアップ。支部のルートで調べて頂いたら、キアシセグロカモメとの結果でした。京都市中心部の鴨川でもこんなのが出ることがあるから、面白いですね。なお、私がこのカモメの姿を見たのはこの日だけでした。
(2008年4月) Lapwing
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この鳥は,足の色がわずかにピンク色を帯びた黄色なのと後頸を含 み,頭部が白く,また灰色がセグロカモメLarus (argentatus) vegaeよりやや濃いのでキアシセグロカモメLarus cachinnans , CaspianGull でいいと思います。ホイグリンカモメLarus heugliniも よく似ていますが,灰色がもっと濃いです。正確な識別には開いた翼上面の写真が必要です。キアシセグロカモメには3亜種あって,日本に渡来するのはLarus cachinnans mongolicusという最も東の亜種の可能性が高いです。灰色の濃さは亜種mongolicuでいいですが,個体変異があるので,翼を開いたアップの写真がないと亜種の同定は無理です。
山階鳥類研究所 Y.S wrote
(「続きを読む」にセグロカモメ全般の解説がありますので参照してください)
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セグロカモメとは?
セグロカモメの仲間は全長約60cm、翼を広げると1.5mにもなる、カラスよりも大きな大型のカモメ類で、北半球のきわめて広い範囲で繁殖しています(図-1参照)。その生態的位置は『海の掃除屋』と呼ぶにふさわしい悪食で、漁港に捨てられた魚や埋立地の生ゴミなどを餌として、その繁殖分布が拡大していることが世界各国で報じられています。分布が局地的で絶滅の恐れがあるズグロカモメとは、この点まったく対照的なグループといえるでしょう。
さて、従来セグロカモメLarus argentatus は繁殖地によって上面の色、足の色などに変異が見られ、いくつもの亜種に区分されていました(図-1)。近年、それぞれの亜種が繁殖分布を拡大するにつれて、隣の亜種と繁殖地が重なる状況が生じています。もし本当にこれらが同じ種類の別亜種であるなら、容易に『ハーフ』ができてしまう状況なのですが、これらの間には交雑がほとんど認められていません。このことから、これまで亜種とされてきたセグロカモメの各グループは、種に格上げされるようになりました。すなわち、かつての『セグロカモメ』を複数の種として区分するのが、現在では一般的となっています。
「セグロカモメ」の変遷
バードウォッチングを始めたばかりの人にとってセグロカモメといえば、まず近縁のオオセグロカモメとの識別が壁になります。日本を代表する某図鑑でさえ『セグロカモメとオオセグロカモメの若鳥は、野外では識別できない』と書かれているものがあるほどです。さらに、一昔前にはニシセグロカモメが日本の鳥の図鑑に掲載されるようになりました。第3の種の登場には、正直なところ”勘弁してくれ!”と思ったものです。しかしニシセグロカモメは、めったに日本には渡来しないだろうし、何よりその成鳥は足が黄色いという大変わかりやすい特徴を持っているのが救いでした。ところが今度は、そんな縁遠いはずの『足の黄色いセグロカモメ』が、実は日本の各所で頻繁に観察されていることが、次第に明らかになってきたのです。
最新の図鑑では、ニシセグロカモメの名は見かけなくなりました。代わって、『ホイグリンカモメ』や『キアシセグロカモメ』などという、ますます見慣れない名前のカモメが掲載されています。これら見慣れない名前のカモメこそ、これまで亜種とされていたグループが、種に格上げされたものなのです。
『ホイグリンカモメ』は、かつての『ニシセグロカモメ』Larus fuscus のいくつかの亜種のうち、分布域の東方、ロシアのタイミル半島付近で繁殖する2つの亜種L.f.heuglini およびL.f.taimyrensis を、独立種L.heuglini とし整理したものです。なお、後者のtaimyrensis はL.heuglini の亜種として認められており、日本に渡来しているのは主にこの亜種と考えられています。一方『キアシセグロカモメ』は、かつての『セグロカモメ』の地中海や中央アジアの内陸の湖を拠点に繁殖する数亜種をまとめて独立種L.cachinnans としたものです。さらにこれらを数種に細分化する考えもありますが、ここではL.cachinnans 1種として扱います。日本に渡来しているものは、主にこの種の最も東の亜種L.c.mongolicus と考えられています。
ちなみに日本に普通に見られるいわゆる『セグロカモメ』は、一般にセグロカモメL.argentatus の亜種vegae とされています。ところが種を細分化する考えに従うと、L.vegae に与えられるため、これまで『セグロカモメ』と呼んでいたL.argentatus には、別の和名を与える必要が生じます。その結果新しい図鑑には、『ウスセグロカモメ』という名前まで登場して、ますますわけがわからなくなってきました。
「足の黄色いセグロカモメ」の正体
現在、日本に渡来するとされる『足の黄色いセグロカモメ』は、前述のホイグリンカモメやキアシセグロカモメを主に指します。しかし実際には、まだかなり慎重な検討を要するところです。
例えば、名が体を表しているかのようなキアシセグロカモメですが、日本に渡来する亜種L.c.mongolicus の繁殖地バイカル湖では、足の色に黄色からピンク色までの様々な変異が報告され、また足の黄色は非繁殖期には不鮮明になると考えられています(Kennerleyら,1995)。逆に、いわゆる普通のセグロカモメL.a.vegae の中の個体変異として、足の黄色いものがいる可能性もあながち否定はできません。シベリアの東端で繁殖するvegae の情報は、決して多くはないのです。こうしたことから足の色だけでそれらを識別するのはまだかなり危険なのです。
では、いったいどこが違うのか?現在のところ、「顔つき」や「体形」、体上面の灰色や頭部の縦斑など、様々な特徴を総合して判断するしかないようです。
大阪にもいた「足の黄色いセグロカモメ」
さて、大阪が日本に誇るものはあまたありますが、日本で2番目の水の汚さを誇る!?大和川河口付近の中州は、意外にもたくさんのカモメ類が集合する場所として有名です。冬には3000羽にもなるユリカモメをはじめカモメ、セグロカモメなど、あわせて4000羽にも及ぶ大集団が形成されます。この群れの中には多い時で数百羽のセグロカモメが含まれ、さらにその中に、最近話題の『足の黄色いセグロカモメ』も少なからず見られることが、日本野鳥の会大阪支部の方々によって確認されていました。
標識調査でわかること
環境省が実施しているバンディングは、鳥類の渡りルートや繁殖地、越冬地を解明するために行なわれています。セグロカモメ類は日本では繁殖していませんが、他国ではこれまでにいくつかの繁殖地において、ヒナへの標識調査が行なわれています。1994年のHONGKONG Birds Reportによると、北極海沿岸のタイミル半島で標識された幼鳥(亜種については不明)が、ヤクーツクおよびサハリンで1個体ずつ回収されています。また、バイカル湖で標識されたキアシセグロカモメはウラジオストックや渤海沿岸で回収されており、いずれも南東方向への移動を示している点で共通しています(図-1)。日本はというと、ちょうどこれら移動方向の延長線上に位置します。繁殖地までの距離は一見遠そうですが、日本に渡来する可能性は決して少なくはないはずです。このように、渡り鳥の繁殖地と越冬地を結ぶ経路(フライウェイ)の実態を把握することで、渡り鳥の渡来の可能性も検討することができます。
なお2000年の夏には、韓国のkim hyun-tae氏のホームページ『Pintail’s Birds in korea』で、韓国沿岸の島嶼におけるキアシセグロカモメの繁殖が報じられました。この繁殖地から南東へ向かうとすぐに日本です。キアシセグロカモメの渡来が、今後ますます増えることも大いに考えられます。
標識調査は捕獲を伴います。捕獲の際には、体各部の実測値など普段には得られない様々な情報を得ることができます。
鳥類標識調査協力調査員 N.K wrote
参考文献
YESOU.P.1991. The sympatric breeding of Larus fuscus,L.cachinnans and L.argentatus
in western France.IBIS 135.
Kennerley,P.R.,Hoogendoorn,W.and Chalmers,G.J.(ed).1995.Identification and systematics
of large white-headed gulls in Hong Kong.Hong Kong bird Report 1994.
氏原巨雄・氏原道昭.2000.カモメ識別ハンドブック.文一総合出版.
Cramp,S.and Simmons,K.E.L(eds.).1983. The Birds of the Western Palaearctic.Vol.3.
Oxford University Press.